清廉潔白な資本主義 3
資本主義の誕生に先立つ2世紀のあいだに、神受権の君主制にともなって、1000年以上も続いたこの光景は一変します。
王は、神と同様に買収しえないものとなるのです。
したがって政治的権力はその頂点にあって、善意以外に何らの正当化なしにも、税を徴収できる正統性を受け取りました。
買収はかくして階段を降りてきます。
神はすべての聖職者にもはや責任を負わなくなります。
はたして神はかれらを眺めているのでしょうか。
18世紀のなかばには、金権体質がやはり遠い過去の権勢を追い求めました。
それゆえ資本主義的な冒険は、アプリオリには金権体質にかぎりない拡張の領域を切り開くのです。
さまざまな市場の創出、意志決定センターの増加、社会的環境に対する各人の依存の高まり、貨幣の全面的な民主化、価値体系における金融的動機の華々しい浸透・・・。
これらの資本主義発展の一つ一つの内容は、まちがいなく買収の急成長を引き起こすはずでした。